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えいちゃーろぐ!

不定期で更新していきます

鬱病になったハム太郎bot 三回忌

2年ほど前、Twitter上で「鬱病になったハム太郎botというものが動いていました。

twitter.com

というか、私が手動で動かしていました。もうbotでもなんでもねぇな。

 

自分で言うのもアレですが、当時そこそこ話題になりまして、更新を停止してちょうど2年経つ今日、久しぶりにサーチしてみても、直近数日間で話題に挙げてる人も見かけられて、意外と忘れられてないものなんだなぁと感動しました(作者はほとんど忘れてました)。

 

更新停止してから4日後の2014年8月10日、更新停止の旨と大まかなbotの経緯をツイプロフィールにまとめて、こっそりバイオグラフィ(自己紹介欄のこと)にそのリンクを貼り付けておいたので、気づいた人は読んでくださったのかもしれないですが、

もう三回忌になるんだし、そろそろもっと突っ込んだ裏話やら何やらを語っても時効だろう? 「くぅ〜疲れましたw」の如き作者の自己満足を許してくれ〜! という記事です。書く前からとりとめのない文章になりそうな予感がしますが、どうかご容赦ください。

 

 

 

 

【製作の経緯】

このbotの運営を開始したのは2014年7月1日でしたが、この時の私は高2でした。学校からの帰り道、駅に入る直前くらいに、ふっと突然思いついたのがこのbotだった、といったところでしょうか。動機は、大まかに2つ存在します。

 

まず最初に、鬱病への自己解釈を広く知ってもらいたい、ということです。

鬱病になった〇〇(キャラクター名)bot」というものは多く存在しますが、どれも発言が「死にたい」「自殺したい」といった死の渇望に集約されるといいますか、当時の自分は「どちらかといえばこれ『鬱病』とは違わないか……?」という疑問を抱えていました。

というのも私が高1の頃、母が鬱病を患って半年間ほど休職していた時期があり、母が家にいる間に鬱病に関するさまざまな情報・感覚・思考を教えてもらっていました。実際に鬱病を目の当たりにし、その人間と接することで、病気そのものに対する認識が大きく変わったことも確かでした。

そんなこともあって、実際に自分の見た鬱病と、Twitterで描かれ(やすい)鬱病の間に、ハッキリとした溝を感じたのでした。「自分の見た鬱病」は1ケースに過ぎませんし、知識は医学的根拠に基づいていたとしても、感覚・思考は人それぞれでしょう。必ずしもこれが正しい鬱病の像とは考えられないですし、おそらく「正しい像」なんてレベルにまで単純化できるほど甘い病気ではないでしょう。それでも、もし万が一にも「Twitterのほうの鬱病」が本物であると考えている人がいるのなら、その認識は危ないなぁと思いましたし、なんとかその人が考え、改める機会を自分に作れないかなぁとも思ったのでした。

 

もうひとつは、純粋にコンテンツとして見ても面白くなりそうだな、ということです。

せっかくbotを作るのであれば、みんなが広く設定を共有しているキャラクターを選ぶのが良いでしょう。それでも、アンパンマンやらドラえもんやら、あんまりメジャー過ぎても面白くない。インターネットでは、ほぼ100%に近い共有率を誇るネタよりも、70%程度の人に共有されるネタの方が、70%の人が積極的に取り上げ、結果的には広く行き渡るイメージがありました。

……そんな意味でハム太郎は適役だったのではないでしょうか。程よい知名度と懐かしさが両立しており、鬱病という設定とのギャップも充分。私自身それなりにハム太郎にハマっていた時期もありましたし、設定も把握できているつもりだったので、思いついた瞬間「これしかないな!」と半ば興奮しながらアカウントを作成したおぼえがあります。

 

 

【運用開始】

このbotは実際のところ7月1日〜8月6日までの1か月ほどで86ツイートをしたに過ぎないのですが、最初は長期的に運用することを考えていましたし、「長く親しまれる、知る人ぞ知るbot」くらいの地位になれれば理想だなーなんて思っていました。当初は、しばらく手動でツイートした後、特に反響の大きかったものをbotに登録して、あとは手を触れずに放置する予定でした。そんなわけで6つか7つほどネタを思いついた時点で、「あとは流れで思いつくはず」くらいの感覚で特に深いことも考えずに動かし始めたわけですが、なかなかフォロワーは増えません。さて、どうしたものか……となり、やや禁じ手ではあるのですが、自分の本アカウント(@EICEAR)からRTを行うことにしました。これがキッカケで、初日にフォロワーが1000人ほどまで増えました。

 初日では特にこれが拡散された印象でした。想像以上に順調な滑り出しだなーなんて素直に喜んでいた気がします。

 

そんな中、2日目だったでしょうか。「感情を失ったリボンちゃん」からのフォローを受けます。このアカウントの説明をば。

twitter.com

彼女(?)のユーザーページをよく見れば分かるかと思いますが、Twitter開始は2014年の4月です。ハム太郎よりも3か月ほど早いんですね。彼女に限らず、「ちび丸ちゃん」と「トラハムくん」も含めた3アカウントについては(後々「闇ハムちゃんず」などといった括り方をされたのを受けてそれぞれ「鬱病に絡まれるちび丸ちゃん」「テニサーのトラハムくん」といった具合に名前を変更したのですが)、元々は私とは何も関係のない、しかも私よりも早くハム太郎なりきりを行っていたアカウントでした。

私の後にも多くのハムちゃんずが誕生し、一部では「鬱病になったハム太郎の二番煎じ」なんて言われ方をされていましたが、とにかく強調したいこととして、この3アカウントに関しては私よりも早いですむしろ私の方が二番煎じです。

後々これらの中の人たちとも話をしたのですが、ハムちゃんず関連の話題にのぼる度、もしくは自分の想定とは違う期待やプレッシャーをかけられる度に、深く悩んでいるようでした。自分がこんなbotを作らなかったら、リボンちゃん達は巻き込まれることもなく、平和にTwitterを続けられていたのかもしれない……と思うと、今でも少し申し訳ない気持ちになります。

 

そんなこんなで、これら3アカウントと繋がり、さらに「無職になったタイショーくん」(のちに就職し「社畜になったタイショーくん」に改名)や「こうしくん」(中の人は知りません。鬱ハムよりもかなり昔からあった、個人的に好きなアカウントでした)と繋がることで、いっそう「闇ハムちゃんず」といったキャラクター付けが明確になりました。それも当初は計算のうちで、相乗効果によってフォロワーも増えていくだろうと考えていたのですが、これが自分の想定を遥かに超える事態を招いていくことになります。

 

 

【コンテンツ化の失敗】

もう完全に愚痴を言っているだけの項目です。醜いので飛ばしてくださっても構いません。

いま思えば、他のハムスターたちをフォローして「ハムちゃんずのコミュニティを形成しよう」とした時点で失敗を犯していたような気がします。それは上記のような、「先人たちに迷惑をかけた」というのもあるのですが、どちらかといえば、自分よりも後に登場したハムちゃんず達、そして業者による偽アカウントの大量作成のことです。

 

まず「自分よりも後に登場したハムちゃんず」について。ハムちゃんずの主要メンバーは15匹います。主要メンバー以外を含めると、100匹近くになるのではないでしょうか。つまり、「闇」設定を加える対象たるキャラクターは、いくらでもいるわけです。鬱病になったハム太郎botのフォロワーが3万、4万と増えていくにつれ、所謂「闇ハムちゃんず」と総称されたアカウントたちも数え切れないくらいにまで増えていきました。アカウント名はどれも「◯◯な××くん」といった具合です。そして、それらのアカウントは概して、「中の人」がそのまま見えてしまうというか、全く「なりきり」する気がないんじゃないのこれー……? って思ってしまうようなものが多かったです。「1ふぁぼごとに中の人の◯◯を晒す」みたいなタグを使ってみたり、挙げ句の果てに自撮りやリスカ痕を載せてみたり。……およそ、ハムスターの名を借りてフォロワー数を一定値まで増やし、そこで「自分」を見てもらうことが目的だったのだと思います。承認欲求がそのまま出てしまったパターンですね。その「承認欲求」なるものは私自身も正直かなりありますし、そうでもなければTwitterなんか続けていないわけですが、それでもその欲求の「捌け方」ってもうちょっと何かあるんじゃないかなーと思わざるを得ませんでした。

 

そして「業者」に関してなのですが、これについては本当に冗談抜きで死んでほしいというか、他人の文章をパクる等の不当な手段で金儲けする奴はTwitterに限らずインターネット全体の害悪だと思っているので、見つけるたびにすごくイライラしていた覚えがあります。「鬱になったハム太郎」「ハム太郎鬱になっちゃった」といった具合に名前を少しだけ改変したり、バイオグラフィも「あのハム太郎鬱病になっちゃった! そんなヤバすぎるハム太郎の日常を……」みたいな感じで、センス皆無なりに謎のオリジナリティを出してきているわけですが、ツイート内容は全文コピー&ペーストで構成されていて、しかも怪しげな広告を定期的に流すという、もう露骨な業者です。こちらも「とっとこハム太郎」という原作ありきの二次創作なので、このbotについて著作権を主張するだとか、そんなことはとてもできないのですが、それでも「最近めっちゃ面白いアカウント見つけた! 『ハム太郎鬱になっちゃった』ってやつw でも広告うざいんだよね〜」みたいなツイートを見かけるたびに「う〜ん……」と頭を抱えてうずくまることしかできませんでした。完全オリジナルじゃないと大々的に怒れないからつらいね。

 

 

【結末に向けて】

こういった二番煎じと偽物の大量発生のなかで、鬱病経験者の母にもbotの存在を打ち明け、細かいアドバイスを仰ぎながら、ない脳を働かせて次なるネタを考えていたのですが、7月の中旬ごろから、そろそろネタ切れだなぁという感覚がするようになっていました。初期には万単位でRTされたツイートがいくつもあったことを考えると、今後これを超えるモノを考え出せる気もしない。何より「闇ハムちゃんず」という括りで考えられているせいか、「全アカウント中の人が同じ」説など、(個人的に)好ましくないことが憶測で語られるようになっていましたし、きっと「中の人の存在するアカウント」というよりも「botというコンテンツ」として見られているような感触がしたので、おそらく長々と続けていてもオワコン扱いされるのが目に見えていました。

ふとツイート数に目を向けると、40と少し。せっかくならハム太郎の86(ハム)にちなんで86ツイートまで頑張ってみようと思ったわけですが、ここで「そういえばハム太郎の誕生日って8月6日だし、あと半月くらいか。1日2ツイートくらいのペースで動かしていけば、ちょうど8月6日に86ツイートに至るな」と気づき、ククク……せっかく停止するなら意味深な結末にしてやろう……と悪戯心がくすぐられ、この結末に向けて日々ツイートを絞り出す「作業」が始まりました。

7月の第2週のフォロワー増加数ランキングが日本2位(フォロー&RTキャンペーンを行っていたセブンイレブン・ジャパンや前田敦子大島優子より上)(ちなみに1位は木崎ゆりあでした)だったり、有名人からフォローをいただいたり、そんなエピソードをちょっとした自慢とモチベに変換しながらツイートを続ける、そんな感じだったような気がします。

ちょうど高2の夏休みは、秋に控えたバンドのコンサート用の曲を採譜したり、あるいは数名の友人と企画していたとあるイベント用に何曲か作ったり、主に音楽方面で忙しかったので、やっと暇になったのが夜の11時……なんてことも多く、そこから日付が変わるまでにツイートをふたつ考えるという憂鬱な作業となりました。実際にbotを遡ってみると、日付変更の前後くらいのタイミングでツイートしているものが多いのが見て取れると思います。

こうして、なんとか凌ぎに凌いで、8月6日を迎えることになりました。

 

 

【結末と蛇足】

自分のなかで、鬱病になったハム太郎botの結末は「鬱の寛解」でした。7月の後半ごろから、「鬱を抱えながらも少し前向きに物事を考えようとする」「自分の心の営みを内省によって理解しようとする」、そんなプラス思考な発言が少しずつ増えていったのに気づいた人もいたかもしれません。

そこで、最後の86ツイートめに選んだ文言は「生まれてきてよかったのだ」としました。自分の生の肯定であり、自分の存在の肯定。そんなハッピーエンドを端的に示す文言を考えた結果の12文字です。

せっかくなら時間にもこだわろうと思い、午後8時6分にツイートすることにしました。しかしこの日の8時6分の私は、ピアノのレッスンの真っ最中でして、まさか「ツイートしたいんで」と言ってピアノ上の指を止めてスマホ上で動かし始める、なんて失礼なことはできません。そこで、最後のひとことは、家にいる母に送信を頼むことにしました。このbotを作るキッカケのひとつであり、いろいろとアドバイスも乞うた母。大役を引き受けてくれてありがたいですね。

(余談なのですが、「8時6分にツイートボタンを押すだけでいい」と文面を入力した状態で母にスマホを渡したのち、母が間違えてその文面を消してしまい、慌ててもう一度入力し直したそうなので、もし12文字という短いツイートでなかったとしたら、私のやりたかったことが実現せずに終わっていたかもしれないです)

 

こうして鬱病になったハム太郎botは、最高58500フォロワー、平均RT3000というなかなか狂った数値を残して終了しました。バイオグラフィも「楽しくなる明日なんか存在しないのだ」から「明日はきっと       」に変更しました。「きっと」の後に続く7文字の空白は、自分としては「楽しくなるのだ」という、原作通りのハム太郎のセリフを当てはめるつもりでしたが、それも露骨に示してしまうとつまらないので、7文字ぶんの自由解釈スペースとして設置しました。2年経っても空白に触れた人は1人もいなかったので、たぶん私のやり方がわかりづら過ぎましたね……。

空白もそうですが、「誰か気づくかな〜」と半分遊びで考えた"ウラ設定"みたいなものって、どうしても作者の独りよがりになるのか、意外とみなさん気づかない場合が多いんです。停止してから4日経っても、「鬱ハムの呟きがない」「死んだのかな」といった声は聞こえても、誰も86の秘密には気づいておらず、憶測による議論が飛び交っていました。あれこれ悩んだ結果、こっそりツイプロフィールに大まかな解説を載せる、という方策を取りました。86の秘密はここにも書かれていますが、「寛解」というエンドをこちらから提示するのはあまりにも無粋に感じたため、最後のツイートが何を意味するのかは示さないままにしました。おかげで「鬱ハムは誕生日に自殺した」という説の方がメジャーになってしまいましたけど(笑)。

ツイプロフィールについては「自分語り乙」といった声もありましたが、正直その通りなので何も言えませんね。今から考えれば、もう少し待つべきだったのかなぁとも思うし、あれは蛇足だったとも思います。2015年に入ったあたりでバイオグラフィからプロフィールへのURLをこっそり削除したのも、そういった考えの変化によるものです。

 

 

なんだか、記事を書いている間に8月7日になっていました。三回忌終わっちゃった……。

えっと、昨日はハム太郎の誕生日を祝ってケーキを食べに行っていました。もちろん昨年の8月6日も祝いましたし、母も一緒です。「『露骨にポジティブな発言』は得られるものがない」といった意見を見たことがありますし、私自身もあまり好きではないのですが、こう美味しいものを食べて、楽しい話をしていると、何やら体の底から湧き上がってくる高揚感が心地いいです。こんなヘンテコな思い出話に、チョコレートケーキを添えて。生まれてきてよかったのだ。