えいちゃーろぐ!

不定期で更新していきます

ゲーム制作はじめました

こんばんは。今度こそブログを有効活用したいえいちゃーです。

 

ゲーム、特にインディーズのゲームを漁るのが大好きで、前々から「ゲームを制作したい!」ということはもう何千回も申し上げてきましたが、なかなか実行に移せない日々が続いておりました。「いつか自作ゲームで使えるかもしれないゲーム音楽」だけ作曲したり。断片的な創作状態ですね。

しかしまあ、そろそろ本腰入れて制作すべきかな! ということで、現在ゲーム好きで創作好きな高校時代の友人らとちょっとしたゲームを開発しております。その報告記事です。

 

 

【メンバー】

製作統括,サウンド,その他こまごまとしたドットなど えいちゃー(Twitter

イラスト,キャラクタードット ダトトリセ(Twitter

プログラム,UIデザイン,その他なんでもやるマン A氏(Twitter非公開)

 

 

 

最初、A氏がTwitterにこんな画像を投稿しました。

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夜道、通学路、幼女。レインコートということは雨の情景だろうか。なんかこういう横スクロールのゲーム画面を思いついたよ、というイメージの具現化とのこと。

私たち全員がゲーム制作未経験です。「最初に制作するならシンプルなものがいいだろう」ということで、このアイデアをそのままゲーム化することにしました。

 

 

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我が家の一室を開放して制作事務所に改造しました。春休みだし。泊まり込みつつ作業しようぜー! という試みです。

 

 

 

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まずはダトトリセくんがレインコート幼女をデザインしていきます。

 

 

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じゃん!(かわいい)

 

 

ダトトリセ「雰囲気ゲームっぽくもあるけど、アクションゲームとして楽しいものにしたいよね」

えいちゃー「なんか敵を出そうか。ふわふわ浮いてる宇宙人みたいな」

 

 

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ダトトリセ「コンセプトアートできた。よくある宇宙人のド真ん中みたいなやつ」

えいちゃー「とりあえずゲーム画面で見られるようにドットにします」

 

 

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えいちゃー「はい」

ダトトリセA「なんか気持ち悪い」

えいちゃー「いやいや待て。動きをつければ可愛げのあるモノになるはず」

 

 

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えいちゃー「はい」

ダトトリセA「もっと気持ち悪い」 

ダトトリセ「倒したら体液が飛び散りそう、脳を吸われそう」

えいちゃー「えぇ……」

 

 

ということで宇宙人は不評でしたが、現在、慣れないながら地道〜にドット絵を作成しています。

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こういうの。まさか自分が画像周りを作成することになるなんて思っていませんでした。でもドット絵って楽しいね。

 

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こちらダトトリセくんの描いてくれた、走る幼女アニメーション。少し首を左右に振るところとか拘りは多いとのこと。これを元にドットアニメを作成する感じなのですが、他にもジャンプなど描くべきモーションは多い……。

 

 

とりあえず今回は画像を中心に報告しました。次回は私えいちゃーが頭を悩ませているサウンド周りと、進捗の鬼Aくんが整備してくれたゲームそのものについて書きたいと思います。

とりあえずモノを完成させることを目指して地道に開発していきますので、どうかどうか温かく見守ってください。

投資の素人が仮想通貨を1ヶ月半くらい頑張った話

更新が久しぶりすぎてブログの書き方がわからない。こんにちは、えいちゃーです。

 

仮想通貨、上がったり下がったりして連日騒がしいですね。じつは私も昨年12月4日から今年の1月16日まで地味〜に参戦していました。今回はその記録を保存する記事ということになります。

 

【参戦の動機】

昨年の9月くらいでしょうか。フォロワーが仮想通貨取引で利益を上げていたのを見て、「いいなーお金ほしいなーバイトしたくないなー」と思ったのが発端です。しかしその時の私はまだ19歳。口座開設に親の同意が必要ということで断念しました。

11月に20歳を迎え、さてそろそろ始めるかと腰を上げたのが12月4日。相場は上がり調子でしたので、3万だけ入れて、4万くらいになったらラッキー! と引き上げるつもりでしたが、気づいたら30万円を突っ込んでいました。ビットコイン(BTC)とモナコイン(MONA)に半分ずつくらいです。バイトで貯めた貯金の8割を仮想通貨に突っ込んだわけですね。本当によろしくないです。

それほど自信があったのかというと……ないです。記事タイトルにもありますが、私は投資を一度もしたことがありません。トレード履歴といえば学食で買った100円のジュースをクラスメイトに120円で売りつけたくらいしかないです。ということで実戦で勉強しながらの、手探りの投資となりました。

 

【12月前半 幸運の時期】

さてさて、これは本当にラッキー以外の何物でもないのですが、BTCとMONAが買って数日で暴騰します。

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ここで30万が50万に増えた私は、30万円を日本円に戻し、余剰資金20万円を使って某インフルエンサーが推していたBitzeny(ZNY)とXPを購入しました。ZNYが17万円、XPが2万円と少しでしょうか。両者とも非常にマイナーな銘柄でして、将来上がるか分からない、いわば宝くじのようなものです。……結果オーライではありましたが、宝くじに20万円も突っ込むのは本当にダメだったと感じます。

その後は爆上げの反動でジワジワと下げながらも、おおよそヨコヨコで相場が推移していきました。

 

【12月後半 辛抱の時期】

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はい。暴騰に暴落は付きものです。手元に残っていた日本円30万円を使って調子づいていたビットコインキャッシュ(BCH)を購入しました。1枚47万円で掴みました。一時25万円まで落ちました。12月23日は唯一の原価割れを起こした日でして、ZNYとXPを合わせても総資産が30万円を下回るという地獄を見ました。胃の調子が悪くなりました。そのあと多少は回復したものの、12月前半のラッキーをチャラにしてしまったということですね……。

年末年始は税金の関係で利益確定させる(=売る)人が増加する傾向にあります。とりあえず年を越すまでは持ち続けて売る機会を伺おうと決意し、耐え忍ぶ時期が続きました。この時期に年内のトレードを反省し、かなりの知識を蓄えることができたと思います。

 

【1月1日〜1月9日 奇跡の正月】

なかなか浮き上がれない日々を過ごしていましたが、昨年購入したXPが大手取引所Binanceに上場するかもしれないという期待によって暴騰し、それを皮切りに、いわゆる「草コイン」ブームが到来しました。草コインブーム……まだ購入者の少ない・単価の低い・将来性が不透明なコインが次々に暴騰していくものです。2万円ちょっとの価値しかなかった私のXPコインも50万円前後まで値上がりしました。この資金を用いて「次に暴騰するであろう草コイン」を見極めては買い、上がったら売り……を繰り返す草コイン回転の正月が到来しました。

私が投機的に購入した銘柄としては、TRX,PAC,DBC,ITNS,XRB,REDD,SHND,MINTなどなど……。「みんなが気づく前に仕入れ、みんなが買ったら売る」というタイミング重視のゲームです。銘柄の選定や売買のタイミングを見極めるにあたっては、Twitterをフル活用することにしました。

戦略はこんな感じです。

1.草コインの情報を調べ、候補となる銘柄をいくつか考えておく

2.銘柄のホワイトペーパーを読み、それなりに将来性がありそうな雰囲気を醸し出している(実際に将来性がある必要はありません。みんなが買いたくなる雰囲気です)場合は銘柄名をTwitterでサーチする。

3.Twitter上であまり呟いている人がいなかった場合は購入する。

4.購入後、その銘柄を絶賛するようなツイートをしておく。

5.しばらくして銘柄が高騰してくると、その絶賛ツイートにいいねが付くようになったり、その銘柄を推している人からフォローされるようになってくる。これが「みんなが買ったタイミング」に該当するので売る。

6.その利益で新しい銘柄を買う。

 

ザ・投機です。その銘柄のことを本気で応援している人に怒られそうな感じですが、草コインの大半は中身のないScamコインですので、長期保有するには向いていないと考えます。

当時のポートフィリオのスクショが何枚か残っています。

1月5日

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1月6日

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1月7日

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1月8日

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1月9日

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保有コインが毎日のように入れ替わっているのが分かるかと思います。昨年末から引き摺っていたBCHも損切りして草コインの回転に充て、えげつない速度で資産が増えていきました。

 

【1月10日〜1月16日 消化試合】

1月9日には一時260万円近くまで資産が増えましたが、ここにきて「次に買いたい草コインがない」という現象に陥りました。つまり、草コインへの投機が終了してビットコインほかメジャーな銘柄に資金が戻る時期だろうと判断し、1月10日にはその時点で保有していたほぼ全ての草コインをBTC,BCH,ETHのメジャー3コインに変換しました。

この判断そのものは間違っていませんでした。草コインブームは終焉を告げ、私が売り払った銘柄はその後急激に下がっていきました。そこまでは良かったのですが、ここからメジャーな銘柄たちもジワジワと下がり始めます。「草コインから資金が抜ける傾向なのにメジャーコインも上がらないのは奇妙だ」とは思っていましたが、のんびり上がるのを待つことにしました。

そんなこんなで5日が経過し1月15日。資産がジワジワ減り続けて190万円を切ったタイミングで、「今日か明日に上がらなかったら仮想通貨を辞めよう」と決意しました。そのまま待ち続けても良かったのですが、各国の規制強化ニュースが相次ぐなか、ここ数ヶ月で市場規模は実態を超えて拡大していたわけですし、もう仮想通貨に興味を持ちそうな人はほぼ全員が参戦したような状態です。「今から参戦する人と引退する人なら後者の方が多いだろう」「ここから2倍になる確率と半分になる確率だったら後者の方が高いだろう」といったアバウトな予感が膨らんでいました。

本当はもう少しマトモな要因もあった(150万円前後のサポートラインを割りそうとか諸々)のですが説明するとキリがないので割愛。ともかく引き時だろうと判断し、実際に翌16日の暴落が始まった直後くらいのタイミングで日本円に戻しました。

最終的な資産は150万円前後です。1ヶ月半で+120万円。アルバイトでは到底稼げない金額ですし、ブロックチェーン技術やチャート解析など色々な勉強にもなったので、概ね満足しています。

 

【さいごに 個人トレーダーを俯瞰して思うこと】

投資歴1ヶ月ちょっとの私が何を言っても説得力がないのは承知していますが、所感として書き残したいと思います。

世の中には認知バイアスというものがあります。例えば、誰かが「今月の残業200時間だった もちろん無賃 上司はパワハラ」みたいなことをツイートするとします。パワハラ上司のもとでサビ残200時間はエピソードとしてヤバいので拡散されます。すると多くの人のTLにこの話が流れます。ヤバい企業の話は拡散されやすい傾向にありますが、まともな企業の話をわざわざ拡散する人は少なく、結果的にヤバい話ばかりが出回るようになり、「日本の企業って終わってるんだな」と実態よりも悪く解釈してしまう人が増えます。このような現象が認知バイアスです。

さてさて、仮想通貨においてもこの認知バイアス現象は往々にして発生します。特定の銘柄に対して極端な評価をもつ人ばかりを多くフォローしていると、どうしても実際よりも過大・過少評価してしまうわけです。私は特定の通貨を応援する人にフォローされても基本的にフォローを返していませんでした。かわりに海外の経済ニュースとかをフォローしていた方がずっと参考になります。最新情報を発信するのは大抵いつだって海外ですからね。

この認知バイアスに関連して、今後も仮想通貨を続ける人が意識した方がいいんだろうなーと思うことは、チャート以外を信じないことです。もちろん、「チャート以外を信じるな」という私の所感も鵜呑みにせず、自分なりに解釈してください。ここ1ヶ月ほどで「何を買えば上がりますか?」といった質問を繰り返す個人トレーダーは非常に増えました。が、けっきょく誰が何を言おうと相場の先行きは不透明なわけで、それならチャートとにらめっこを続けた方が有意義だと考えます。……そうはいってもインフルエンサーに乗っかった方が儲かる局面もあったりするので、一概にどうとは言えませんけれど。

とにかく様々な情報から統合的に判断して動くことが重要で、本気でそれをやると非常に多くの頭の容量を割くので、私はもう仮想通貨には戻らないと思います。割のいい短期バイトだったと思って、もとの生活に戻ります。メンタルも削られたけど楽しかったです。いい経験になりました。

きれいな文のつくりかた 2

「明日あたり気力があったら」と言ってから1週間ほど経ちました。こんにちは。気力がありませんでした。

 

さて、前回の続きで、「文章のリズム感」について書き綴ろうと思います。「声に出して読みたいリズム」の堆積こそが淀みなく読める文章なんじゃないか? という話です。特に長文よりも短文、もっと言ってしまえば私が稀にコピーライトのような"超短文"を考えるお仕事をする際に気をつけていることです。

 

結論から言うと、やっぱり人間って4拍子がいちばんノリやすいと思います。ンッタッタッタってやつ。本当のところ私自身もよくわかっていないというか、人によって感じ方はさまざまだとは思うのですが、この"ノリ"は文章を読むときにも同じことが言えると考えています。声に出してみて、4拍子で楽しく読める文章はリズム感がいい。読みやすい。

「じゃあ4拍子って言っても具体的にどんな音符が並ぶの? 8分音符? 符点16分?」という疑問は当然あるでしょう。本当は自分でお気に入りのリズムを探すのがベストだと思いますが、せっかくなので、私が気に入っているリズムを列挙してみます。

 

 

(4文字)+(4文字)

「何しやがるんだ」「お前ら許さん」「全員まとめて」「成敗してやる」

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4拍子なので当然とてもよく合います。畳み掛けるような勢いのある文章になりますね。どこかで休憩したくなったときには、次の(3文字)+(4文字)を使ってみてください。

 

 

(3文字)+(4文字)

サウジアラビア」「金を落として」「社会貢献」「家で死にたい」

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名詞に多いパターンかもしれません。これは8分休符がひとつできますね。ここに「を」とか「が」とかをブチ込めば、4拍子に沿って文章が休みなく続いていきます。前述の(4文字)+(4文字)と組み合わせてうまく使ってください。

 

 

(3文字)+(3文字)+(4文字)

「ぼくのパパは父さん」「ひとの履いた靴下」「部屋の中が血まみれ」「世界知ったその時」

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拍の頭さえ揃っていればリズムは崩れないので、「世界知ったその時」の「知った」のように、3連符たちは自由に間引いてしまっていいと思います。体言止めに向いたリズムでしょうか。

 

 

(3文字)+(2文字)+(6文字)

「君はきっと立ち向かえる」「見栄を張ったイキリオタク」「首を吊って詫びてくれや」「床を蹴ると食事が出る」

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上記の(3文字)+(3文字)+(4文字)のパターンを接続の便宜から改造したものです。後に文を続けるにも都合が良く、体言止めをしてもパワーがある、なかなか良いリズムだと思います。

ちなみに「床を蹴ると食事が出る」のように(3文字)+(3文字)+(6文字)でも綺麗に聞こえますし、もっと言えば(3文字)+(3文字)+(3文字)+(3文字)という3連符の連続でも問題ないのですが、個人的な感覚では(3文字)+(2文字)+(6文字)が最高の語感を与えてくれるような気がしています。

 

……いろいろ書きました。じつは記事タイトルの「きれいな文のつくりかた」も4拍子です。内容的には「きれいな文章のつくりかた」の方が合致しているのですけれど、リズム感を重視してこうなりました。

それと、「の」「つくりかた」といった具合に平仮名が連続している問題(きれいな文のつくりかた 1 - えいちゃーろぐ!参照)に関しては、「『つくりかた』は定型的な文字列として見慣れている人が多いから、きっと読み手は名詞として抽出できるし、『の』と繋げて読まれることはないだろう」なんて考えたり、あれこれ自分なりに工夫したつもりです。しょせん我流なので、これが正しく機能しているかなんてサッパリですが……。

ともかく、基本は4拍子に沿っていればリズム感が崩れることはないので組み合わせは幾らでもありますし、もはや4拍子じゃなくても楽しいリズムはいっぱいあるので(「楽しいリズムはいっぱいあるので」も4拍子ですが)、いろいろ探してみると面白いかもしれません。コピーライトやキャッチフレーズなら3拍子も映えますしね。

偉そうに書いてすみませんでした。少しでも参考になれば幸いです。

 

きれいな文のつくりかた 1

きれいな文章が書けるようになりたい。でも、そもそも「きれいな文章」ってなんなんだろう?
そんな話を自分なりに考察したので、何回かに分けて書いていこうと思います。

 

……さて、上の文章では自分なりの「きれいさ」を心がけたつもりだったのですが、どうだったでしょうか……。具体的に何を心がけたかというと、「文字の並び」と「リズム感」のふたつに集約されます。今日は「文字の並び」についてお話しようと思います。

(寝る前にスマホから打っているので、このブログ自体が読みづらい文章になっている可能性は非常に高いです。ごめんなさい。)

 

さて、上の文中には「なんなんだろう」と「何回かに分けて」の2フレーズが存在しますね。前者は「なに(なん)」を平仮名で書き、後者は漢字で書いています。なんで使い分けるんや? といったら、「なんなんだろう」は"how"に近い抽象的なニュアンスを、「何回かに分けて」は"some"に近い具体的な数量を感じたためです。このように、私はその言葉の役割を感覚的に捉えたうえで、どれに変換するのがベストかを考えるようにしています。
同様に、「1回」「いっかい」なんかも使い分けが可能です。1という数字をわざわざ指定している場合(「ハンドルを1回右に回す」等)は英数字や漢数字での表記が望ましいですし、「いっかい自分でやってみろ」といった具合に、べつに2回でも3回でもいいからとにかくやってみてほしい場合は、ひらがなを使う方が自然です。もっとも、「一」に関しては漢数字だと伸ばし棒と混同しやすいので、専ら英数字を使うようにしていますけれど。
さらに例を挙げれば、「大人」「オトナ」といった使い分けも存在しますね。一般的には「大人」と漢字で表記するのが当たり前ですが、たとえば7歳くらいの子供が漠然と「オトナって、いいなぁ」なんて言うときは、ひらがな以上に抽象性を強調するように感じられるカタカナ表記の方が、なんとなくしっくりくるのですね。オトナがナニモンなのか、ぜんぜん分からないんだもの。
日本語は3種類の文字が存在します。英語や英数字を含めるともっとです。だからこそ、こんな具合に読みやすい配置を考えておくだけでも、言語の特性を上手く活かせるというか、きれいな文章に近づくような気がします。

 

……が、そんなことより遥かに大切だと思うのは、単語の区切りが分かりやすくなっていることです。こっちの方が実践的で、今日から使える理論のような気がします。

 

また上の文を例に取ってみましょう。

「でも、そもそも『きれいな文章』ってなんだろう?」

もしこれが「でもそもそもきれいな文章ってなんだろう?」だったとします。「でもそもそも」の辺り、『も』がいっぱいあって読みづらいですね。平仮名や漢字が文中で連続する場合は、語順を変えてみるか、(前述の"感覚的な使い分け"とケンカしない程度に)表記を漢字やカタカナに変えてみるか、それがダメなら黙って読点を打ってしまうのが吉だと思います。「どこまでが1つの単語なのか」が明確なだけで、ものすごく読むのが楽になると感じられるのです。

次に「きれいな文章」をカギカッコ付きにした件ですが、文章中で取り扱っている主題は何らかの手段で強調するのがよいかと思います。ちなみに、ここのカギカッコは「そもそも」と「きれいな文章」で平仮名が連続してしまうのを避ける役割も果たしているため、一石二鳥という感じでした。
カギカッコ以外にもQuotation Mark(" "のことです)を使うこともあって、"何らかの具体的なワードに対応していないものの、重要な概念として強調しておきたいフレーズ"を囲ませることが多いように思います。その辺りは個人の感覚もあると思うので、参考程度に……という感じです。

 

また明日あたり気力があったら、次回は文章の「リズム感」を中心に書いてみようかなと思います。あくまで素人大学生が勝手に考えていることを綴っているだけなので、そんなに期待せずにお待ちいただければと思います。おやすみなさい。

新入生必見! 東大で簡単に死ぬ7つの方法

1.「頼れる人」を演出する

入学早々、「みんなのリーダー的存在」みたいなポジションを狙おうとして、あるいは単純にモテようとして、面倒なクラス役員などを引き受けようとする人が必ず出てきます。クラス役員にならずとも、オリ合宿(注:東大は入学直前、クラスの親睦を深めることを目的とした旅行に行く)で他人の世話を焼いたり、夕食で鍋奉行になったりしようとする人が必ず出てきます。やめておきましょう。本当に頼られます。利用されます。十中八九は後悔します。無能感を前面に出した方が何も押し付けられずに済みます。

 

2.昔なじみと絡み続ける

特に進学校出身だったりした場合、入学時点で既にキャンパス内には知り合いがいっぱいでしょう。そんな昔からの気心の知れた友人とばかり絡んでいても、既に完成されたコミュニティに踏み込んで行こうとする人は多くありません。せっかくあなたに興味を持ってくれた人も、絡みに行くのを諦めてしまうかもしれないですね。

 

3.学問を語る

試しにキャンパス内で「いや、数学ってこういうものでしょ」みたいな談義をしてみましょう。あっ、ちょうど数学オリンピック経験者がすれ違いました。どうやら数学談義に気づいたようです! おもむろに胸ポケットから金メダルを取り出しました! ああっ、撲殺ッ! いい加減な数学談義に突如として振り落とされた鮮黄色の鈍器ッ! 目を覆うような惨劇ッッ!! プロとは、プロとはこんなにも残酷なのかッッ!!

 

4.知的好奇心を至上とした履修を組む

そんな好奇心は2回目の授業あたりでだいたい消えます。4回目くらいには本人が「もっと楽な授業を取ればよかった」という遺言を残して教室から消えます。どこに行ってしまったんでしょうね。

 

5.クラスLINEで不用意に発言する

クラスLINEでの発言は、クラスメイト全員を目の前に並べて「注目〜〜!」って視線をこちらに向かせた状態で発言したものだと思ってください。特に馴れ合いやウケ狙い発言は地雷どころか核兵器だと思ってください、陰キャラが発言したなら「目立たないヤツが突然イキり始めたけど何?」みたいな感想を抱かれ、陽キャラが発言しても陰キャラがスクショをTwitterに流して「クラス、限界」とか言い始めます。

 

6.五月祭に協力姿勢を見せない

どのクラスにも「みんなでつくる五月祭!」みたいな空気が充満しています。あの祭りを「自己実現の場」として捉えている人は非常に多く、自分のクラスの出し物があまりにも理想主義的な方向に進むことは多いでしょう。特に男子校出身などで「ホストに徹する学園祭」を多く経験してきた人には、本当にどうしようもなく見えるかもしれません。しかしそこで興ざめするような発言をしようものなら、あるいは非協力的な姿勢を見せるものなら、その時点でクラスのメインストリームからは離脱することになります。言いたいことがあっても我慢しましょう。少なくともクラスLINEなどで発言しないで、五月祭責任者などにこっそり言うのがよいかと思われます。

 

7.入試の点数を公表する

イカ東(注:いかにも東大生っぽいこと、基本的に蔑称)の大罪。基本的に見下されるか嫉妬される以外のオチが存在しないので誰も得しません。センターの点数がスカウターみたいに扱われる風潮もあるので「800……850……まだ上がり続けている……っ!(ボン!!」ってなった日にはフリーザ編もビックリの血みどろの争いになります。

 

 

それでは皆さん、死んでください。

「けものフレンズ」11話でむしろ心が救われた話

役割を伴って生み出されたキャラクターは、とことん無力だ。

 

うまい棒』を例に挙げたい。ドラえもんに似たあの灰色のキャラクターは、たいていの場合、パッケージで無害そうな笑顔を振り撒いていると思う。

彼(もしくは彼女)はどうして笑っているのかというと、当然、買い手に好印象を与えるためだろう。彼には、悲嘆に暮れたり、睨みつけたりする権利が与えられていない。この時点で、私はなんとなく彼の無力さが怖くなる。

うまい棒のパッケージが道端にポイ捨てされている場面なんて、もっと悲惨だ。雨に濡れて、ぐちゃぐちゃに踏み躙られたとしても、彼は無害そうな笑顔をたたえ続けている。ぞっとするくらいに健気だと思う。

「買い手」のように、「キャラクターとは異なる次元に生きる対象」を想定して作り出されたキャラクターは、その異なる次元に対して、あまりにも無罪で、無力だ。人気のない観光施設のマスコットキャラクターは、もっとひっそりとしてくれたっていい。満面の笑顔で「ようこそ!」なんて出迎えられると、なんだか本当に切なくなるのだ。

 

私は当初、けものフレンズのキャラクターたちに対して、コレに近い感情を抱いていた。プロジェクト創設者の一人であるKADOKAWAの梶井氏が「IP(知的財産権)の創出が当初の目的であった」と明言していた通り、動物的特徴をシンボライズした本作のキャラクターたちは、各々が特定のコンセプトに従いつつも、全体としては"役割"が与えられているといえるだろう。

「けものはいてものけものはいない」の一節に象徴される、ケモノだらけの優しい世界は、裏を返せば、我々視聴者を前提として作り上げられたディストピアである。「ディストピア」というのが特に重要で、すべての人間が消え去ったあとの退廃的な世界観だったからこそ、私は視聴者、消費者、あるいは神としての人間の存在を本作において強く意識せざるを得なかった。

彼女たちはエンターテイメントだ。視聴者が二次創作的に盛り上げていくIPには、ある種特徴的ともいえる「箱」だ。ケモノばかりで成立しているように見える世界は、実際のところ現実世界という異なる次元に生きるニンゲンを楽しませるために作り上げられたものでしかない。そんなニヒルな思考に囚われた私は、作品中における彼女たちの無垢さ・無罪さとの落差も相まって、「こんなに残酷な作品があって良いものなのか」と頭を抱えることになった。まだ多くの視聴者が「たのしー!」「すごーい!」とはしゃぎ回り、IQが下がるアニメだと弄んでいた5話の時点では、少なくともこういう認識である。ここで私は「このアニメを見続けると心が荒んでいく」と判断し、しばらくは視聴をやめることにした。

 

さて、心が遠心分離機にかけられるような思いをしてから1ヶ月と少しが経ち、「けものフレンズ」は11話の放送を終えた。

なにやらTwitterが騒がしいようなので、怖いもの見たさでニコニコに課金し、今までスルーしていたぶんも含めてイッキ見した。結論から言うと、私はこれで本当に救われるような思いがした。

物語は少しずつ佳境に差し掛かっていく。10話でミライさんの映像を観たサーバルちゃんが涙を流した。私も泣いたが、同時に心地よさを覚えた。無力な「箱」として提示され、感情すらもニンゲンに捧げていたはずの彼女は、これまでの不自然なまでの素直さが、うまい棒のパッケージに近い無力さを感じさせていた。ところが10話では、複雑な感情の揺らぎが涙として象徴的に表されていた。あぁ、この子にだって何かを知覚し、心の中で処理しようとして、それでも処理しきれなくなったら涙を流す権利があるんだ、と思った。

11話では、また違った角度から救われた気がした。超大型セルリアンからサーバルを庇い、かばんちゃんは捕食される。視聴者は絶叫する。この構図そのものである。

前述の通り、『けものフレンズ』はニンゲンを意識したディストピアであり、その一方でニンゲンはケモノたちの感情の機微を特に気にかけることもなく「たのしー!」なんてはしゃぎながら消費する傾向が強かった。片務的関係。彼女たちがどうにも報われない感じ。

ところが、次第に物語が展開していくうちに、作品に感情移入することで彼女たちに本気で向き合おうという視聴者が(ようは道端のうまい棒を拾い上げ、「こんなに踏まれて可哀想に」なんて気にかける人が)どんどん増えていった。それが11話の悲劇で、イッキに爆発した。

彼女たちが心配でどうしようもなくなる人や、発狂しかけている人を見るたびに、「ジャパリパークも報われたね」なんて思う。単なる箱でしかなかったケモノたちは、一方的に楽しませる対象だった多くのニンゲンへと確かな影響を与え、ついに作品世界から現実世界へと次元を超越することに成功したといえるのではないだろうか。

私の言語化が稚拙でうまく伝わっていないような気がしてならないが、とにかく、こんなことを考えながら12話を待っている。どんなラストであれ、私のなかでこの作品は救済された。ほんとうに大好きだからこそ、ほんとうに幸せだ。

財布のブランドをオタク100人に聞いてみた

さて、皆さんは最近のTwitterで流行りの構文をご存知だろうか。

たとえば、オタクが恋愛のことやら運動神経のことやら、何かしらイキった発言をしたとする。「俺オタクだけど流石に女の子から告白くらいされたことあるし普通の人生経験だと思ってる」みたいな。すごいキメ顏で呟いてそうな。

そんなセリフを見た他の誰かが、「俺オタクだけど流石に女の子から告白くらいされたことあるし普通の人生経験だと思ってる(オタク特有の早口)(クチャクチャ)(アディダスの財布)(親が買ってきたチェックシャツ)(プーマの筆箱)(指紋でベタベタのメガネ)(プリパラでマジ泣き)(ワキガ)(ドラゴンの裁縫セット)(瞬足)(コーナーで差をつけろ)」といった具合に、典型的なオタクの特徴を羅列しつつ改変して、「カッコつけた発言」を「ただのオタクの戯言」にグレードダウンさせて遊ぶものである。

オタクの自浄作用とも、「てめえオタクのクセしてマウンティングしてんじゃねえぞ」という威圧とも取れるこの構文であるが、中でも特に印象的(あるいは代表的)なオタクの特徴は「アディダスの財布」の部分といえるだろう。私自身、この構文の代名詞として「アディダスの財布」が使われているケースを何回も見た。

しかし、ここで根本的な疑問が浮かんだ。

「自分の周りでアディダスの財布を使ってるオタク、いたか?」

実際どうなのだろう。言うほどアディダスの財布って"オタクの特色"っぽくない気がする……。

そこで、実際に「何の財布を使ってますか」というオタクへの聞き込み調査を行ったのが本記事である。

 

【調査の概要】

2/5 15:13に「自分が少しでもオタクだと思う人は、このツイートを見たら『使っている財布のブランド』をリプライで教えてください」とツイート。その結果、

・2/6 17:24までに送られてきたリプライ92件

・TL上で回答してくれたオタク3人

・私のオタク友達4人

・自分

の合計100人の財布、のべ107個を調査することができた。まずは協力してくださった皆さんに心から感謝したい。

なお、「過去に◯◯を使っていた」という回答はブランドごとの個数にはカウントしていないが、別途集計した。「わからない」と「ノーブランド」は別集計としたうえでランキングからは除外した。

 

 

【調査結果】

 

1位 PORTER,ルイ・ヴィトン 6人

 

3位 Paul Smith 5人

 

4位 アディダス,COACH 3人

 

6位 PRADA,ラルフローレン,Vivienne Westwood,Lee 2人

 

10位以下 各1人

 

(「ブランドがわからない」は4人、ノーブランド品は7人)

 

 

【総評】

オタクが最も愛用する財布ランキングの結果は、吉田カバンの看板ブランド『PORTER』と、超有名ブランド『ルイ・ヴィトン』の同点1位となった。さらに2位には『Paul Smith』が続き、意外にも世のオタクが高級品を愛用していることが見て取れる。よって上記の構文も、

「俺オタクだけど流石に女の子から告白くらいされたことあるし普通の人生経験だと思ってる(右手にはPORTERの財布)(左手にルイ・ヴィトン)(頭上にPaul Smith)」

とするべきである。なんということだ。イキリオタクの痛々しい発言が富裕層の人生指南にしか見えない。

 

さて、「オタクの代名詞」とされていた「アディダスの財布」はCOACHと並んで4位である。やっぱりそんなにアディダスを使っていないのでは……と言いたいところだが、ここでもうひとつ興味深いデータがある。「現在進行形でアディダスを使っている」と答えたオタクが3人だったのに対し、「昔はアディダスを使っていた」と答えたオタクは4人もいたのだ。「昔は◯◯を使っていた」系の回答は何件も寄せられたが、「現在使っている人数」を「昔使っていた人数」が上回っているのはアディダスのみである。

ここで私は2つの可能性を考えた。

ひとつめは、「『アディダスの財布』構文の流行を受けてアディダスの財布が大量に破棄されている」説である。オタクはステレオタイプを嫌う傾向にある。「チェックシャツ=オタク」という言説が出回ってからチェックシャツを好んで着るオタクが明らかに激減したのと同様に、アディダスの財布を手放す人が急増しているのではないか?という説だ。もしこんな現象が本当に起きていたら創業者のアドルフ・ダスラーも墓の中でオイオイ泣いているに違いないが、正直なところ現実では考えづらい。

ふたつめは、「アディダスが幼児性の象徴と考えられやすい」説である。子供の頃はアディダスを使っていたけれど、大人になったから高級なブランドのやつに買い換えよう〜という人が多いということだ。「幼児性」という言葉を用いたのは、前述の構文中にある「親が買ってきたチェックシャツ」「瞬足」辺りとの兼ね合いもある。オタクの"子供っぽさ"を強調するために構文中で「アディダスの財布」を含むこれらのアイテムが機能しており、実際それらは子供が大人になるうちにお別れするケースが多いからこそ、「昔はアディダス」現象が多発したのだろう。

 

しかし「現在進行形でアディダスの財布を使っている」という私のフォロワーのオタクは、それをツイートしたのち、こう付け加えた。「俺は好きな財布使う。」……へんな風潮には負けず、"大人っぽい"やら"子供っぽい"やら、他人からどう思われようと自分は自分の好きなものを使うぞ!という姿勢を貫く。最高の気概だと思う。

"自分"を強く持っているオタクは美しい。胸を張って堂々と、親が買ってきたチェックシャツを羽織って瞬足で街に出かけてほしい。アディダスの財布も忘れずに。